スポリティーファイン設立総会報告


2015年2月21日(土曜日)、もみじ台管理センターにおいて午後1時30分より、地域の方々を中心に約70名の出席のもと開催された。

 主催者挨拶、ご来賓挨拶のあとクラブ設立に向けた報告と、基本計画や収支予算に関する審議が行われ、質疑応答のあと拍手を持って設立が承認された。

休憩をはさんで、元コンサドーレ札幌の芳賀博信氏が「スポーツ心」というテーマで記念講演を行った。

続いてクラブアドバイザーの久保田氏のお話しがあり、最後に新理事長の音頭により全員でスポリティファイン」と唱和し2時間にわたる会を閉じた。 



主催者挨拶  谷島委員長

  • スポーツを通して誰もが明るく健康に暮らしていける、明るい町をつくるということを考えて3年前から活動している。近頃は健康年齢に気をつけようと言われている。健康である期間を長くしようということ。寿命と健康年齢には10年の開きがあるが、今から体と心を鍛えて健康年齢を伸ばしていきたい。そのために食事や生活習慣が大事。その基本はしっかり食べてしっかり体を動かすことだと思う。

 

もう一つ、丈夫な体でも心の問題がある。身近に心通わせ語る人がいることが大事。スポーツはこの2つを同時に満たす力を持っている。地域に住む人たち一人ひとりの心と体が健康であれば、少子高齢化といわれていても活気ある地域、明るい町の礎ができると思う。子どもから高齢者まで、自分の時間、体力に合わせて活動できる環境をつくり、お世話をしていきたい。今日はスポリティファインとして、活動団体を設立したい。


来賓ご挨拶  観光文化局  スポーツ担当局長 二木 一重氏

 

これまで2年間設立の準備を重ね、今日設立するということでお喜びを申し上げたい。札幌市としてもスポーツを通じた活動を積極的に推進している。特に国では平成23年以降スポーツ基本法ができ、地域で健康づくりができる場を多くつくっていこうということになっている。みんなが参加しやすい取組に変えていく動きもある。札幌市では冬季五輪招致の宣言をした。最近のオリンピックの有り様としても、それぞれの国や地域で、みんなが健康にあることが必要だという理念が掲げられている。皆さんの力で地域で健康づくりに励んでいく取組を応援していきたい。札幌市内でももみじ台のような取組はまだ多くない。市内のお手本になるような活動をしていっていただきたい。小さなことからはじめていただき、まちづくりの側面としても取り組んでいっていただきたい。設立に向けて準備をして来た皆さんにご苦労様でしたと申し上げたい。本日はありがとうございました。

 


▼来賓ご挨拶   市会議員 小川直人氏

スポーツ議員連盟に所属しており、今日の総会に声をかけていただいたと思う。

もみじ台は少子高齢化が進み、当初の27,000人から1万人くらいに人口が減っている、4つの小学校が2つになった。体育振興会はそれらの学校の開放事業を手伝っていただいてきた。もっと笑顔のあるまちにしていかなければならない。それにはスポーツが大切だろうと思う。

私の住む青葉地域でも小学校統合の問題が上がっている。これから少子化が進むと体育振興会の事業も縮小が考えられる。この地域スポーツクラブの活動はまちづくりに大きな力を発揮していくものと思う、地域に根ざした、地域が明るく元気になる活動になるよう願っている。

 


□記念講演  講師 元コンサドーレ札幌  芳賀 博信氏   テーマスポーツ心」

よく、どうやってリーガーになったか、サッカーを始めたかということを聞かれる。父親がサッカーの実業団に関わっていたので、実業団の試合や練習に連れて行ってもらっていたのがきっかけだった。周りのみんなは、野球をしている子が多かった。サッカーは1年生から始められるけれど、野球は3年生からしかできなかった。そこでサッカーを始めたのも人生の分かれ道だったかもしれない。

 子ども達に小さい頃どういうプレーヤだったかと聞かれることがある。自分はうまかったと答える。なぜそうだったかというと、全てのスポーツをやって来たから。野球、サッカー、バスケ、陸上、全ての競技から、サッカーに生きる要素を取り入れてやって来たからうまくなったんだと思う。だから小さい子どものうちは、いろいろなスポーツを経験した方がいいと思う。私は、小中高大学とある程度のレベルにいて、プロも狙えたのだが、高校ぐらいでサッカー熱が冷めてしまった。周りに敵がいなかったので、サッカーから得る刺激がなくなってしまった。そのうちに、遊びが楽しくなってしまった。現在日本代表の今野と自分との差はそこかもしれない

 大学を2年で中途退学し、ジェフ市原・千葉に入った。アマチュアチーム実業団だったが、そこで初めて、本当にやらなきゃいけないと思ったきっかけがあった。それは結婚をしたこと。

21歳で結婚し、子どもが生まれ、自分だけの体でなくなった。また、オシム代表監督に認めてもらい、トップチームに引き上げてもらいプロチームに入ったことも、転機だった。オシム監督との出会いが、自分を変えてくれた。



自分はリーガーにはずっとなれると思っていた。でもオシムさんと会ってから、うまいだけではなれないということがわかった。サッカーだけでなく、生活、あいさつ、自分のことは自分ですることなどが大切だった。好きなことをやるには何かを犠牲にしなければならない。上を目指すのなら、友達と遊ぶ時間を削って練習をしなければならない。だから、子ども達には感謝の気持ちを持ってほしいと言っている。お母さんやおじいちゃんたちが、何かを犠牲にして君たちのために送り迎えやお弁当を作っているのだから、感謝をしなさいと伝えている。

 子ども達は親に認められることが本当に大きな自信になる。いいものを拾ってどんどん自信をつけてあげてほしい。監督に認められ、若い子がどんどん活躍していることを見てきている。身近にいる親御さんやおじいちゃんおばあちゃんが自信をつけさせて、子ども達を育てていってほしい。

 子どもに夢を持てというが、どうやったらかなうのか?夢をかなえるためには「自分は何をしなければいけないか」ということを考えることが必要だ。

 子どもには、つらい時にはどんどん吐き出せといっている。親御さんはそれはいやかもしれないけれど、どんどん吐き出させてほしい。「吐く」という字は土編にプラスマイナス。はかせていくとマイナスがとれて、叶うという文字になる。他の人が言っていたことだが、すごいいいことだなと思ってお伝えした。地域の人や親御さん、おじいちゃんおばあちゃん、地域密着で子ども達が育つ環境をつくっていってほしい。

 


昨年、NPO法人セカンドサポートを設立した。引退後のキャリアを支援しスポーツ振興につなげている。また、目の不自由な人のブラインドサッカーチームをつくった。ブラインドサッカーは、ボールに鈴が入っている。キーパーだけが晴眼者。相手方のゴールの後ろにコーラーがいて、音を鳴らしたり方向を教えてくれる。大枠はフットサルと変わらない。目の見えない状況にすればみんな同じ条件で参加できるので、今メディアなどで多く取りあげられている。おじいちゃん、子ども、お母さん、いろいろな人がスポーツで交流ということだったが、ここにぜひ、障がい者も入れてほしい。子どもたちにとっても、相互理解が深まり、コミュニケーション能力も高まる。

 今の子どもたちは、障がい者についてあまり認識がないので、会うと「えっ」という顔をする。私はそういう状況をなくしたい。また、優先席では、寝たふりをするという人も多い。相手の立場を考えたり、コミュニケーションを増やしたりすることは大切だと思う。私は今後、障がい者スポーツを増やしていきたい。ハンディのある人ともスポーツを楽しんでほしい。

 それと、実は私も、木曜日の5時から星槎高校で、A-bank北海道のサッカースクールをやっている。これもぜひ宣伝してほしい。

 夢は絶対にあきらめないこと、そのために努力を続け、一つずつ努力し、年齢や障がいに関係なくみんなで楽しむことが大切だと思う。


 

芳賀 博信氏プロフィール

 

・出身地  宮城県仙台市 

・仙台育英高校  仙台大学  ジェフ市原・千葉  

・2006年コンサドーレ札幌へ 2007年にキャップテンに就任 ・2012年の退団まで中心として活躍

・2013年コンサドーレ、クラブアドバイザリースタッフに就任

・2014年一般社団法人A-bank北海道レギュラーアスリートとして活躍。同年NPOセカドサポートを設立し現在に至る     


       「© 2012 H.F.C.」  



▼クラブアドバイザーのお話 北海道体育協会 クラブアドバイザ 久保田 智

私自身、北広島でクラブをつくって、縁がありクラブアドバイザ−をしている。町内会の再編や子ども達の今後のこと、PTAの役員を引き受けてほしいということを思って、総合型地域スポーツクラブの取組を始めた。総合型地域スポーツクラブは決まった形がない。それぞれの地域に合ったものをみんなで考えて創ることが大切だ。実際に、TOTOの助成金はスポーツ種目にしか出ないけれど、文科系の活動など、いろいろな活動をすることができる。これは新しい地域貢献の形だと思っている。地域でやりたいことをまとめあげ、いろいろなことを出し合って、スポーツクラブをつくっていってほしい。どうつくっていくかは、皆さんの夢だ。今日がスタート。ゴールも形もない。これを期に、新しい地域づくり、新しい公共としてのスポーツクラブをつくっていってほしい。